大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和38年(ネ)90号 判決

控訴人

山下正雄

代理人

柳瀬存

被控訴人

小山政雄

主文

原判決(ただし本訴請求に関する部分)を取消す。

被控訴人の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用(本訴請求に関する分)は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(一)  控訴代理人は、主文と同じ趣旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(二)  当審において、被控訴人は、予備的に、主位的請求と同様の金員の支払を求め、控訴代理人は、請求棄却の判決を求めた。

第二、被控訴人は主位的請求の原因ならびに控訴人の抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

(一)  被控訴人は昭和三二年七月一日および同年八月二七日の二回に亘り、控訴人との間にそれぞれ控訴人が振出、裏書・引受・保証した為替手形、約束手形についてその所持人または控訴人が被控訴人に割引を求めたときは、元本極度額金四〇万円まで反覆継続して割引し、遅延損害金は手形満期の翌日から日歩金三〇銭とする旨の手形割引根契約を締結した。

(二)  控訴人は、右の昭和三二年七月一日の契約にもとづき、別紙第一目録記載の(1)ないし(6)の約束手形六通を、また同年八月二七日の契約にもとづき、同目録記載の(7)ないし(13)の約束手形七通を、いずれも支払拒絶証書作成義務を免除して、被控訴人に裏書譲渡した。

(三)  右各約束手形は、いずれも各満期に支払場所に呈示されたが支払を拒絶され、現に被控訴人がこれらを所持している。

(四)  その後別紙第一目録記載(5)の手形金(三万五、五〇〇円)につき、昭和三五年三月八日控訴人に対する不動産競売手続の配当金三万四、〇〇八円が内入弁済されたので、被控訴人は右各手形の裏書人たる控訴人に対し、右入金額を控除した手形金合計金四五万五、六六七円および内金二〇万二、二〇〇円(別紙第一目録記載(1)ないし(4)、および(6)の手形金合計額)に対する昭和三三年一二月一二日(最も遅い満期の翌日)以降、内金二五万一、九七五円(別紙第一目録記載(7)ないし(13)の手形金合計額)に対する昭和三四年三月一四日(最も遅い満期の翌日)以降各完済に至るまで利息制限法所定の限度内である年三割六分の割合による約定遅延損害金を請求する。

(五)  控訴人の抗弁(一)の事実は否認する。

(六)  控訴人の抗弁(二)はこれを争う。(1)被控訴人は前記各約束手形の不渡後控訴人に対し度々右手形金を請求し、控訴人はその都度支払の猶予を求めて本件手形債務を承認した。(2)仮に控訴人の本件手形債務について一年の消滅時効が完成したとしても、控訴人は原審における昭和三七年二月一四日の第二回口頭弁論期日において、被控訴人の本訴請求原因事実を認める旨答弁しているから、右答弁をしたことによつて、既に完成した時効の利益を放棄したものである。

(七)  控訴人の抗弁(三)の各事実は、否認する。

(八)  控訴人の抗弁(四)はこれを争う。控訴人主張の土地、建物を被控訴人が競落しその所有権を取得してこれを取毀したこと、控訴人から相殺の意思表示があつたこと、は認めるが、その他の事実は否認する。仮に控訴人主張の増築部分があつたとしても、それは前記競落建物と不可分一体の関係にあるから、被控訴人が前記競落によりその所有権を取得している。

第三、控訴人は、答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

(一)  主位的請求の原因事実(前記第二の(一)ないし(三))は、これを認める。

(二)  (抗弁(一))昭和三四年四月上旬頃、訴外ともえ製菓有限会社から被控訴人に対し額面金三七万四、〇〇〇円の約束手形一通が振出交付されたが、その際控訴人と被控訴人の間において、本件手形債務を全部消滅させる旨の合意が成立した。

(三)  (抗弁(二))仮に右抗弁が認められないとしても、裏書人である控訴人の本件手形債務は、各手形の満期の翌日から起算してそれぞれ一年の経過により、時効が完成して消滅した。なお被控訴人主張のように、原審第二回口頭弁論期日において控訴人が被控訴人の請求原因事実を認めた事実はあるが、その事実によつて、控訴人が既に完成した時効の利益を放棄したことにはならない。

(四)  (抗弁(三))仮に右抗弁も認められないとしても、控訴人は、(1)昭和三四年夏頃訴外村上希代子発起の金一〇万円の無尽講において控訴人の受けとるべき落札金のうち金六万九、〇〇〇円を被控訴人に受取らせ、(2)同年四月一七日金一〇万円を被控訴人に支払い、(3)同年四月二二日金四万円を被控訴人に支払い、(4)同年五月九日金三万円を被控訴人に支払つて、いずれも本件手形債務に内入弁済した。

(五)  (抗弁(四))別紙第二目録記載の土地、建物は、控訴人の所有であつたが、松山地方裁判所今治支部昭和三四年(ケ)第九六号不動産競売事件において、昭和三五年一月二〇日被控訴人がこれを競落し、その頃競売代金を支払つて被控訴人の所有となつた。ところが右目録の(1)と(2)の建物にはさまれて建坪三坪の増築建物があり、また(3)の建物には建坪四坪五合の増築建物があつて、いずれも右競落建物に附着してはいるが別個独立の建物であり、その上前記事件の競落許可決定に表示されていないから、前記競落の効果はこれら増築建物に及ばず、被控訴人がその所有権を取得するいわれはない。しかるに被控訴人は、右増築建物部分を昭和三五年七月頃右競落建物と共に解体の上他に棄却して、右増築部分の価格に相当する金一四万二、五〇〇円(坪当り一万九、〇〇〇円)を不当に利得した。よつて控訴人は被控訴人に対してその返還請求権を有するところ、右請求権をもつて本件手形債権の対当額と、本訴において相殺の意思表示をする。

第四、被控訴人は、予備的請求の原因として、次のとおり述べた。

仮に控訴人の本件手形債務が時効により消滅していて、主位的請求が容れられないとしても、控訴人は被控訴人に対し、前記各手形割引根契約において、右契約にもとづき割引かれた手形上の債務が時効によつて消滅したときでも、該手形金、延滞利息その他費用を独立した債務として義務を負担する旨約しているから(手形割引根契約書第四項参照)、本件手形金及び前記遅延損害金と同額の金員を支払うべき義務がある。よつて被控訴人は控訴人に対し、予備的に右特約にもとづき、主位的請求と同様の金員の支払を求める。

第五、控訴人は予備的請求に対する答弁として、次のとおり述べた。

被控訴人主張のような特約は、時効制度を覆えすものであつて、民法第九〇条により無効である。従つて予備的請求も失当である。

第六、証拠 <省略>

理由

一、被控訴人の主位的請求原因事実(事実摘示第二の一ないし三の事実)は、当事者間に争いがない。

二、(控訴人の抗弁(一)について)

控訴本人尋問の結果(原審第一、二回および当審)の内右抗弁に添う部分は、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果ならびに本件約束手形一三通を現に被控訴人が所持している事実と対比すると、信用することができず、その他に右抗弁事実を認めるに足る証拠はない。よつて右抗弁は採用できない。

三、(控訴人の抗弁(二)について)

本件約束手形一三通の満期がそれぞれ別紙第一目録の(1)ないし(13)に掲げるとおりであることは当事者間に争いがないから、裏書人である控訴人の右各手形債務は、その各満期の翌日から、消滅時効が進行して、時効の中断にあたる事実がないかぎりそれぞれ一年の経過と共に((1)の手形は最も早く昭和三四年一〇月二八日、(13)の手形は最も遅く昭和三五年三月一三日、がその最終日に当たる)時効によつて消滅することになる(手形法第七〇条第二項、第七七条第一項第八号参照)。ところで被控訴本人尋問の結果(当審および原審)によると、被控訴人は本件各手形の不渡後度々控訴人に支払方を請求したところ、その都度控訴人は本件手形債務を承認したというのであるが、右被控訴本人の各供述は具体性を欠き、それのみによつては未だ控訴人が本件手形債務を承認したと認めるに十分でなく、他に時効中断を認めるに足る証拠はない。

次に被控訴人は控訴人が既に完成した時効の利益を放棄したと主張するところ、控訴人が原審の昭和三七年二月一四日の第二回口頭弁論期日において、被控訴人の請求原因事実を認めると述べたことは、記録上明らかであるが、請求原因事実(事実摘示第二の一ないし三の事実)を認める旨の陳述をしたからといつて、本件手形債務につき時効の利益を放棄したことになるわけではないから、右主張は理由がない。

したがつて裏書人たる控訴人の被控訴人に対する本件手形債務は、本訴提起(昭和三七年一月八日)に先だつて時効によつて消滅したものといわざるを得ず、控訴人のその他の抗弁について判断するまでもなく、被控訴人の本件手形金の請求は理由がないこととなる。(なお、被控訴人は、別紙第一目録記載(5)の手形について、昭和三五年三月八日に金三万四、〇〇八円の内入弁済があつたことを自陳しているが、原本の存在とその成立に争いのない乙第四号証、当審における被控訴本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、右内入弁済の金員は、訴外今治信用金庫の申立による別紙第二目録記載の不動産に関する競売事件における配当金として後順位の抵当権者である被控訴人に支払われたものであることがうかがわれ、かかる弁済は控訴人が本件手形債務を承認して任意にその一部弁済をなしたのと同視すべきではないから、控訴人において時効の利益を放棄したものとみることはできない。また控訴人主張の弁済の事実ももしそれが認められれば債務の承認ないし時効の利益の放棄にあたるが、右主張に添う控訴人尋問の結果<原審第一回と当審>およびそれによつて成立の認められる乙第一号証の一、二は、原審証人池田豊、同山田憲一の各証言および被控訴本人尋問の結果<原審と当審>と対比すると信用しがたいので、これを認めることができない。)

四、(被控訴人の予備的請求について)

連帯保証人関係部分を除き成立に争いのない甲第七号証の一及び成立に争いのない甲第八号証(いずれも手形割引根契約書)に一、記載の争いない事実を加えると、控訴人、被控訴人間の二回に亘る手形割引根契約において、いずれも「控訴人が裏書して被控訴人から割引を受けた約束手形上の債務が時効により消滅したときと雖も、手形金、延滞利息その他費用は、控訴人において独立した債務として被控訴人に対し義務を負担し履行する」趣旨の約定(各契約第四項参照)があつたことを認めることができる。そこで右のような約定の効力について考察するに、右約定は、その文言の上では、手形債務者が手形上の債務の消滅時効の利益を予め放棄することを約したものとはいえないかもしれないが、実質的には、手形債務者が時効の利益を予め放棄したのと同様であり、右のような約定は、民法第一四六条の禁止規定を潜脱する結果になること多言を要しないところである。しかも右約定は、甲第七号証の一、第八号証によつて明らかなように、手形割引根契約書の一項目として不動文字で印刷されていて、金融を受ける経済的に弱い立場にある者としては、他の条項と共に一括してこれを承認するほかないことがうかがわれるばかりでなく、金融を与える側としては、相当な注意を払つておれば、消滅時効の完成を容易に防ぎうるのにかかわらず、債権者として採るべき時効中断の措置を怠つて時効が完成しても、自ら何らの不利益を蒙らない結果となり、このような約定は、時効制限を設けた趣旨に反するものであつて、無効であるといわなければならない。

したがつて、右約定にもとづく被控訴人の予備的請求も理由がない。

三、以上説示のとおり、被控訴人の本訴請求は、いずれも失当であつて、これを棄却すべきであり、これと結論を異にする原判決(本訴請求に関する部分)は取消をまぬがれない。よつて民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官浮田茂男 裁判官水上東作 石井玄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例